株式会社 技秀堂 株式会社 技秀堂印刷/ECサイト開設支援/ホームページ制作・運営まで行う総合サービス

〒116-0013 東京都荒川区西日暮里2-36-15 03-3803-8519

沿革

1952年9月
(昭和27年)
深沢貞造が山梨県石和町から上京し、写真植字機研究所よりA型写植機1台を導入して写真植字業を開業。(豊島区東池袋1丁目豊島公園近く)
1953年4月 港区西久保桜川町へ移転し、フカサワ・フォトタイプ社を起こす。
(モリサワ製手動写植機1台)
1953年7月 (朝鮮戦争休戦協定)
1955年3月 有限会社技秀堂を設立。(資本金100万円)
1961年10月 港区西新橋2丁目へ移転。(業容拡大)
1967年12月 同地に4階建てのビル落成。(30坪の借地権)
(東京で最大の手動写植機センター)
1969年4月 ㈱花グループを㈱東京印書館と共に設立。(資本金200万円)
東京印書館の技術陣とISハナマチック電算写植機を開発
日本で始めて写植機の電算化に道を開く
1972年3月 株式会社技秀堂を営業部隊として別途設立。(資本金100万円)
1972年5月 (沖縄本土復帰)
1972年7月 通産省構造改善事業承認により㈱花グループと共に、IS電算写植入力機100台と同出力機4台の体制を敷く。(日本で最初の光学式電算写植機の稼動)
1978年4月 印刷部門として日暮里に技秀堂印刷㈱を設立。(資本金200万円)
(荒川区西日暮里 2-3-1)
1981年1月 人事労務体制の全面改革。(宗像章を招聘、社内改革開始)
1982年6月 有限会社体制を組織変更して株式会社技秀堂に。
(技秀堂印刷㈱、GPクリエーション㈱とのグループ体制開始)
1982年12月 四谷センター開設。(四谷4丁目、読売住宅案内生産体制確立を新聞社より要請され西独ヘル社製のDigset20TJ電算写植システムを導入、日本で2台目)
(読売は拡大するリクルートの「週刊住宅情報」に対抗、黒柳徹子VS江川卓)
1983年5月 神田支社設立。(内神田1丁目、読売新聞本社近くの読売住宅案内ビルに四谷センターを統合し、隣接する酒井ビルに渋谷NHK共同ビルから電算室を移動)
(資本金2,000万円)
1987年2月 読売住宅案内の廃刊に伴い社内体制の再編成。神田支社を閉鎖し西新橋の本社近くのK1ビルと渋谷NHK共同ビルに縮小吸収。
1987年5月 新橋本社建物の底地を中小公庫の融資により買取る。借地権から所有権へ。(バブル期で担保力急拡大)
1987年11月 深沢貞造社長退任、代表取締役相談役に就任。
阿部啓二郎専務が代表取締役社長に就任。
代表取締役専務に深沢栄と宗像章就任。
1989年1月 (昭和天皇崩御。平成へ)
1989年11月 (ベルリンの壁 崩壊)
1990年9月
(平成2年)
西日暮里2丁目に新社屋完成。(地上3階、地下2階、床面積 1,442㎡)
製造部門の全てを統合し、渋谷の電植センター、新橋の写植製版部門、
日暮里の印刷工場は閉鎖。 (IBMのAS/400導入で個別原価管理開始)
1990年10月 渋谷NHK共同ビルにて㈱万栄との提携により映像事業の開始。(ビデオ制作)
1991年6月 MBOにより創業家から自立。株主と役員を一新。
(阿部社長、宗像専務体制をモリサワが全面支援)
1991年9月 西日暮里5丁目の大橋ビルに営業部と総務部を移転。新橋本社は売却。
1991年12月 (ソビエト連邦 崩壊)
1992年3月 日本経済新聞社賞を受賞。(信金協議会連合会第5回表彰、斬新な印刷工場で)
1992年12月 経営改善委員会発足。
1993年7月 中期経営計画発表会開催。
1993年11月 全部門を技秀堂ビルに収容し製販一体の体制へ。
1994年6月 第41期経営方針発表会を開催。(以後毎年開催)
1997年~1998年 (山一証券、三洋証券、拓銀、長銀、日債銀 破綻)
1998年9月 カラーDTP体制確立。
1999年5月 インターネットサーバー設置、ホームページ開設。
1999年6月 オンデマンド印刷機導入。(モノクロ、Docutech135)
2000年12月 カラーオンデマンド印刷機導入。(Color Docutech 60)
2001年9月 (米国同時多発テロ。ニューヨーク貿易センタービル崩壊)
2002年2月 ISO9001取得。
2002年4月 CTPシステム導入。(PTR8600、True flowシステム) 全社フルデジタル体制確立。
2004年9月 宗像章専務が社長就任。阿部啓二郎社長は会長へ。
2005年6月 菊全判8色機導入。(アキヤマ機械)
2006年3月 CTP増設。(PTR8800)
2008年1月 ISMS取得。
2008年9月 (リーマンショック)
2009年9月 阿部啓二郎会長退任。高橋篤敬副社長による意識改革
2010年2月 組織改革。57期(2011/6)で業績が劇的改善。
2011年3月 (東日本大震災。福島原発メルトダウン)
2011年7月 経営理念、運営指針を全面改訂。5カ年計画発表。
2014年9月 一般社団法人健康マネジメント協会設立。健康ビジネス開始
2015年9月 運営管理システムをプリントサピエンスに全面変更。
就業規則と賃金体系を全面改訂(賃金は年俸制に移行)。
健康マネジメント協会が大橋ビルに移転。
2015年12月 健康マネジメント協会が初のセミナー開催(市ヶ谷私学会館)。
全国バス会社100社参加。(講師:国交省、日本バス協会、医師、顧客)
2016年 組織大改革(人事異動激変)
2016年12月 物流センター開設
2017年4月 JPPS取得
2017年8月 第64期で決算日を6月から8月に変更
2017年9月 アキヤマ菊全両面2色機導入。
本社隣地取得。隣地 57.91坪 の借地権を取得。(駐車場活用)
2018年2月 学習する組織へ
社内セミナー開始。隔月継続実施。
2019年4月 物流センターに中綴じ製本機を導入。
(Horizon StitchLiner6000 16鞍)
2019年5月 (平成天皇退位。令和天皇即位。)
2020年2月 得意先を招待しての中間発表会を初めて実施(兼講演会)(中小企業会館)
2020年3月 NeoGPシステムの試験運用開始
2020年4月 (新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の発令)
在宅テレワークの開始(営業部、総務部)
2021年5月 MBO以来30年間のモリサワ支援から完全卒業
2021年9月 ㈲千明印刷の事業を吸収し、板橋工場として稼働開始。
カラーオンデマンド機を設備更新。
(Color1000 Press → Iridesse Production Press (Model-6C-C)
2021年12月 技秀堂印刷㈱を完全子会社化
2022年2月 (ロシアがウクライナ侵略)
2022年9月 経営方針発表会を社内にて実施(兼講演会)
2022年10月 税務申告業務の社内処理完結(税理士依頼せず)
2022年11月 子会社の技秀堂印刷㈱の代表取締役交代
西野道明が代表取締役就任。宗像章代表取締役は取締役へ。
2023年6月 本社隣地取得
2024年1月 板橋工場に刷り出し検版システムを導入